Note.

みんなが忘れた頃に漫画描くやつ(ダメ人間

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夢を見た。
記憶の奥底に仕舞い込んだはずの、自分の人生の走馬灯のような夢――

あら…もう起きたの…?

隣で眠る女の掠れた声で、夢現だった男の意識は現実に引き戻された。
今に落ちそうな灰を落として、女に薄く浮かべた笑みで問いかける。

ああ、ごめん起こした?

大丈夫よ
それより肩、冷えてるじゃない

女はそう言うと男の首に腕を回し、互いの素肌を重ね合わせた。

大丈夫だよ。これでも少しは鍛えてるから
それより君の方が風邪を引くよ

男は口ではそう言うが、女の腕を取ろうとはせず、煙草の煙を吐き出すだけだった。

大丈夫
貴方あたたかいもの

女の台詞を嗤いたくなる衝動を抑えながら、男は短くなった煙草を灰皿に押し付けた。
女に振り返りもせず、滑るようにすばやくベッドから降りると、手早く服を身につけた。

もう出ないと、看板を出すのが昼になりそうだ

あら、まだ太陽も上ったばかりなのに
せっかちねぇ

他にもやることはあるからね

そう言うと男は最後にコートを羽織り、女の顔を一瞥もせずに玄関へと向かった。

ねえ、待って

女は布を纏っただけの姿で男に駆け寄るとマフラーを男の首に巻いた。

まだ朝は寒いわ
本当に風邪引いちゃうわよ

マフラーを巻き終わると、女は背伸びをして男の唇にキスをした。

男は動じずにただされるがままで、唇が離れると小さく悪いねと言うだけだった。

…また、寂しくなったら会ってくれる?

いいよ
俺も寂しい時ならいつでも

それだけ言うと男は女に背を向けてそのままアパートメントの階段を降りて行った。


太陽が上りきっていない薄暗い空の下では人はまだ疎らで、市場の準備をする商人達と馬車がぱらぱらと行き交うだけだった。
女の言う通り陽の光が弱いこの時期はひどく冷たい風が突き刺すように吹いている。
男は身震いすると首をすぼめてマフラーを顔まで引き寄せたが、奥から香る香水の強い匂いに顔を顰めた。

男は立ち止まると、首に巻かれたマフラーをほどき、強い風が吹くと同時にマフラーから手を離した。

人の手から離れたマフラーは突風に乗ってそのまま遠くに消えて行く。
その様を男は冷ややかな目で見やると、背を向けてその場を立ち去った。


街の大きい通りの一角に建つ診療所、その隣の住居の裏通り。
足早にここまでやってきた男だったが、裏口の扉前で少し迷ったような動きを見せた。
だが、溜息を一つつくと鍵を取り出して裏口の扉を静かに開けた。


家の中はひどく静かでまだ誰も起きていないことがすぐに伺えた。
男は物音を立てぬように昔自分が使っていた部屋から衣服を持ち出すと、すぐさま浴室へと向かった。





コックをひねり温かく心地良い湯を止める。
体の芯から温まり、数分前まで凍えていたのが嘘のようだった。
消し去りたい痕跡を跡形もなく洗い流した男は洗濯したばかりであろう柔らかな衣服に着替えて、満足気に浴室から廊下へと出た。

うちは風呂屋じゃないわよ

男が扉から出てすぐに飛んできた刺々しい声の方を見ると、扉の真横で凭れかかりながら腕を組んだ女が男をキツく睨んでいた。

メアリー、おはよう

男は女の表情を見ているのかいないのか、女の苛立ちが立ち込めるこの場には合わない柔らかな笑顔を浮かべていた。
密やかに今朝着ていた服を女には見えないよう背中に隠しながら。

他に言いたいことは無いのかしら、リューファス?

毎度毎度朝っぱらから風呂だけ入りに来ないでよ。

女は苦々しくそう吐き出すと、より一層男を睨みつけた。
だが男はただひたすらにこやかに笑うだけだった。

だって泊まってるとこの浴室あまり広くないし、ここのシャンプー気に入ってるんだよ

そこら辺の安物よ

女はそう言うと、手を差し出した。
男は突然の事に小さく声を漏らして面食らっていた。

服、洗濯に出すならさっさと貸しなさい

思いがけずそう言われた男は先の道のりで嗅いだ香水の匂いを思い出し酷く逡巡した。
だが女は男のその様をバカにするように鼻で笑う。

アンタが他所の女のとこに泊まってるなんてとっくに知ってんだから今更隠しても無駄よ

そう言うと女は男の手から服を奪い取ると、男に背を向けた。
男は立ち去ろうとする女に手を伸ばし、その細い肩を引き寄せた。

何の真似かしら?

…もう少しだけ、こうしてちゃ駄目かな?

女の肩に顔を埋めて、男は小さく声を震わせた。

駄目

だが女は男の声色にも動じず、その大きな腕を押しのけると、男を一人残してさっさと階段を降りて行った。

男は女の姿を名残惜しく見送り、その姿が見えなくなった後、女の肩から外れた手を見て、ふと自分の首に腕を回してきた女達もこんな気持だったのだろうか、と脳裏に別れ際の寂しげな表情が一瞬だけ浮かんだ。
だが男はすぐにバカバカしいと言うように鼻で笑うと、女が降りていった階段を追いかけるように駆け下りていった。

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